退院許可 [入院~手術~退院]
2010年7月
術後、傷跡から排出される液が100ml(あいまいです…)以下になったら、
ドレーンを抜いて、その翌日に退院できると言われていました。
なかなか量が減らないまま、リミットの1週間を迎えました。
これ以上、ドレーンをいれておくと、化膿の恐れがあるので、
排出液の量にかかわらず、抜くのだそうです。
回診で、あっけなく、ドレーンが抜かれ、
「明日、入浴&退院してもOKです」と言われました。
ちなみに、退院の基準は、
「退院後の生活に自信が持てること」だと、
入院計画書に書かれています。
「お風呂に入るのが、怖いです。」
看護師さんに、そう伝えたら、
「大丈夫だと思うまで、泊まっていってもいいですよ」と、
寛大なお返事がありました。
お風呂に入ったあとで、退院のタイミングを決めてよいことになりました。
こんなふうに病院に居座ってもいいのかな?と思いながら、
そうさせてもらうことにしました。
翌日を迎え、入浴しました。
入浴するのに、結構、勇気が要りました。
憂鬱というか、哀しいというか、怖いというか、
複雑な気持ちを抱えて、どうにか、
術後初の入浴をこなしました。(大げさです…)
(退院後も、お風呂に入るのに勇気が要らなくなるまで、
相当な日数がかかった気もします)
結局、入浴できたので、もう病院にいる必要もなくなり、
午後になったら退院することを伝えました。
病室のみなさんと、病棟の看護師さんたちにあいさつをして、
迎えに来てくれた母と一緒に、病院をあとにしました。
あっという間の、入院生活でした。
入院生活いろいろ [入院~手術~退院]
2010年7月
手術後から、退院までの日々は、平和に過ぎていきました。
同室の方々は、乳がん以外の癌をそれぞれ患っていて、
乳がんの私は一番軽い病状でした。
お互いに体調を考慮して、あまり話す機会もなく残念でしたが、
同志的感情が芽生えたのか…
現在みなさんが穏やかに過ごしていられるようにと、
思い出しながら願わずにはいられません。
病院スタッフは、本当に申し分なく、
心地よく入院生活を送ることができました。
心からありがたく思いました。
集団でやってきます、と前もって聞いていた回診。
「白い巨塔」をイメージしていたのですが、全く違いました。
My主治医を除くと、平均年齢が若いドクター&ナースのみなさん。
まるで、学生サークルみたいなノリで楽しそうにやってきました!
そして、美人で知的な女医さん、秘かに目の保養でした~
入院中に、乳がんのことをもっと勉強しようとか、
リハビリがんばろうとか、今後の食事の方針を決めようとか、
張り切ってはいたんですが…
結局、何もかも中途半端なまま、入院生活を終えてしまいました
日ごろのまんまでした
これから入院される方のお役に立てることがないですよね…
ごめんなさい!
手術翌日 [入院~手術~退院]
2010年7月
腰の痛みは薬のおかげで感じなくなり、
ぐっすりと眠り、朝を迎えることができました。
朝食は普通食が出て、しっかり食べたような気がします。
検温と採血がありました。
採血は、点滴をしているので、足首からでした。
午前中には、点滴以外の管やモニターはすべて外され、
ようやく自由の身になることができました。
どの時点で外してもらったのか忘れましたが、
酸素マスクとフットマッサージャーが、
結構うっとうしかったように思いました。
上半身を看護師さんからホットタオルで拭いてもらい、
傷より下の部分は、シャワーを浴び、さっぱりできました。
その後は、面会に来た両親から、手術の状況を聞きました。
2時間の予定が30分くらいオーバーしたこと、
切除した部分を見たこと、など。
病院からもらった簡単な説明のコピーに従って、
リハビリも、始めました。
といっても、術後2日間は、指や手のひらを動かしたり、
ひじの曲げ伸ばしをする程度ですが。
あとは、ドレーンの管が外れるまで、
おとなしく入院生活を送ることになります。
入院期間は10日間でした。
この期間が、癌だと言われてから、
一番安らげる期間だったかもしれません。
とは言え、2度と経験することのないように、
今後の生活の中で、できるだけの予防を考えないといけない
と思っています。